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生薬のはなし

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蟾酥(センソ)その四

ガマだけではないガマの油

ガマから分泌されるブファジエノライドは、ガマガエル特有な物質かと思われていましたが、最近の研究ではガマ以外の動物にも含まれていることが分かってきました。わが国にも広く分布しているヤマカガシやホタル、といってもこれは源氏蛍や平家蛍ではなくアメリカのホタルですが、ツグミ(小鳥)がある種のホタルを食べないことからホタルにもブファジエノライドが含まれている事が発見されています。ヤマカガシはつい最近まで毒ヘビには分類されていませんでしたが、ガマの皮脂腺からの分泌物と同じ成分を持っていることと共に、ここを間違えないで頂きたいのですが、ガマの分泌成分とは別の、強力な毒物質を持っていることが分かっています。

蟾酥(センソ)

その毒性は、マウスに静脈注射で与えて、マムシやハブのLD50と比べてみますと、ヤマカガシが5.3μgに対して、マムシとハブはそれぞれ、16μg、54μgとなっており、ヤマカガシの毒性はハブの約10倍、マムシの3倍という強力なものだということが分りました。では、なぜ最近までヤマカガシが毒ヘビに分類されていなかったかといいますと、ハブやマムシは上顎の所に毒牙があり、咬まれるとすぐに毒が注入されるのに反して、ヤマカガシの毒牙は上顎の奥にあるため、よほど深く咬まれないかぎり毒は注入されず、普通は咬み傷だけですんでいたためだろうと思われます。ただ、死亡率で比べてみますとハブは、百人に一人、即ち一パーセント、マムシは千から千五百人に一人といわれ、この差は、一回の毒の注入量、ヘビ自体の攻撃性の差などによるといわれています。

ガマににらまれたヘビ

ところで、長々とヘビ毒の話をしてまいりましたのは、ヘビがガマを飲み込むのか飲み込まないのか、という疑問があるからです。無論、普通のカエルは、「ヘビににらまれたカエル」というくらいですから、ヘビの格好の食糧であることは間違いありませんが、それでは、ガマも同じかといいますと、ヘビもガマは食べないという説と、いや飲み込むという説に分かれるようです。 飲み込まない説、これが従来の正統説で、ガマガエルは外敵から自身を守るためにあんな分泌物を出すのであって、誤ってガマを飲み込んでアワを吹いているヘビを見たことがあると、戸木田菊次先生(東大)が『カエル行状記』の中に書かれていますが、『蛙学』を書かれた市川衛先生(京大)は、ヘビは平気で飲み込んでしまうと書かれています。一体どちらが正しいのか、…多分どちらも正しいのだと思います。

ガマ2匹と普通のカエル3匹を一つの袋に入れておくと、2時間後には普通のカエルは瀕死の状態になってしまうのに、ガマの方はなんでもないという事実があるそうです。ということはブファジエノライドを持っているガマ自身や最近ブファジエノライドを持っていることが分ったヤマカガシも、ブファジエノライドに対しては、かなり耐性があるということではないでしょうか。ですから、泡を吹いていたのはアオダイショウかなにかで、平気で飲み込んでいたのはヤマカガシだったのでしょう。

昔、自来也(じらいや・地雷也とも書く)という妖術を使う盗賊の話がありましたが、その中に自来也が操る大ガマと大蛇の対決がでてきます。この対決は、結局大ガマが勝つわけですが、この大蛇はヤマカガシではなかったのでしょう。

「児雷也」歌川豊国 早稲田大学 演劇博物館所蔵

「児雷也」歌川豊国
早稲田大学 演劇博物館所蔵

さて最近興味深い研究報告が米科学アカデミー紀要の電子版に掲載されました。それは、ヤマカガシはガマを食べて、その毒を体内に取り込み、首の特殊な器官に蓄え、外敵から身を守るのに利用していることが分かったというものです。

この器官は頸腺(けいせん)と呼ばれ、頭の後ろの骨の両脇に十数対並んでいて、約70年前に発見された際には機能が不明でしたが、京都大の森哲・助教授らが10年前から調べた結果、ワシなどに襲われて急所の首をつかまれた際、この毒液を放出して撃退するのに使うことが分かったそうです。なんとも自然界は奥が深く、未知なる世界が広がっているのでしょうか。

【引用文献】

釜野徳明、化学と工業 39:294 (1986)
大橋教良、他、月刊薬事 32:1674 (1990)
市川衛『蛙学』裳華房 (1954)
戸木田菊次『カエル行状記』技報堂 (昭和37年)
後藤淳郎、医学のあゆみ 149:142 (1989)
D.A.Hutchinson, A.Moriら、Proc.Nat. Acad.Sci. USA 104:2265〜2270 (2007)