生薬のはなし
蟾酥(センソ)その二
ムツゴロウ先生のお話しを引用しながらセンソの薬理作用の説明をしていきたいと思います。
ムツゴロウ先生は「有名なのは、人の薬として古くから使われてきたことである。しかし、それもガマの風貌から連想された薬効であり科学的な根拠は薄いようだ」と書かれています。科学的な根拠が薄いという点については大いに異論がありますが、ガマの油が人の薬として古くから使われてきたことはまぎれもない事実です。中国最古の薬物書である『神農本草経』には「蝦蟆(がま)」として記載されており、これは現在のように皮脂腺の分泌物を集めて固めたものではなく、ガマガエルをそのまま陰干しにして薬として用いていたようで、疔(ちょう)や癰(よう)といった腫れ物に効くとされています。たしかに、腫れ物に外用するという使用方法は、現在も中国で行なわれているようですが、わが国では今のところあまり利用されておらず、科学的解明の検討はいまだしの感があります。
ただ、腫れ物を痛みという側面から見ると、センソの成分中には、歯を抜くときの麻酔薬として使われるコカインやプロカインと比較して、数十倍から数百倍の力価のある局所知覚麻酔成分(ブファリンなど)が含まれています。そのため、腫れ物のみならず、切り傷の痛みや歯痛などの痛み止めとして使われてきたのも、もっともなことといわなければなりません。最近わが国でも、この強力な局所知覚麻酔作用を再び歯科治療に利用しようという臨床報告もなされています。
「…カエルの粘液は、苦かったが、不思議にからだがシャンとなり、元気がでてきた。…あの日、わたしだけが好調に徹夜を乗り切ったのは、崇高な探求心のたまものだったということになろうか。」
このくだりは、センソの薬理作用の本質であるジギタリス類似の強心作用を端的にあらわしたものといえます。
センソの主成分は、ブファジエノライドと呼ばれる強心成分で、その構造はジギタリスなどの植物性強心成分であるカルデノライドと、一部(C17位につく不飽和ラクトンが5員環であるか6員環であるかの違い)を除いて、ほとんど同じです。例えば、ブファリンは不飽和ラクトン環を除けば、ジギトキシゲニンとまったく同じ構造になっています。ただ、不飽和ラクトンに6員環をもったブファジエノライドのほうが排泄が早く、蓄積性がないといわれています。
ブファジエノライド(ブファリン)
カルデノライド(ジギトキシゲニン)
この排泄の早さの違いが、西洋でジギタリスが一般用の薬として今日流通せず、東洋でセンソがいろいろな処方に応用されて、広く用いられているという相違を生んだ1つの原因ではないかと考えられます。
センソ中にはブファジエノライドの同族体だけでも百種類くらいあり、含有量の多い順からシノブファギン、レジブフォゲニン、ブファリン、シノブフォタリン、ガマブフォタリン…と続きます。これらを作用の強さの面から見てみますと、一番強心作用の強いのがブファリンとガマブフォタリンで、これに次いでレジブフォゲニン、シノブファギンが強いといわれています。
これらの強心成分は、それぞれ特徴があり、例えば前にも述べましたが、ブファリンは強力な強心作用と共に、強力な局所知覚麻酔作用を持っています。また、レジブフォゲニンは強心作用と共に呼吸促進作用を持っており、医療用の呼吸興奮剤としても発売された実績があります。
【引用文献】
畑正憲『われら動物みな兄弟』角川書店 (1972年)
江部易広、日本歯科医療管理学会雑誌 22 (2):202〜206 (1988)
上海科学技術出版社―小学館編『中薬大辞典』小学館 (1985)
須賀俊郎、代謝 10:762〜774 (1973)