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蟾酥(センソ)その一

救心の主成分センソは、簡単にいえば、ガマの油ということになります。

学問的に説明すれば両生類、無尾目、ヒキガエル科のシナヒキガエル(アジアヒキガエル) Bufo bufo gargarizans CANTOR またはヘリグロヒキガエル Bufo melanostictus SCHNEIDER の耳腺(耳下腺、皮脂腺)の分泌物を集めて、写真のように成形したものです。

1匹あたり、わずか数十mgくらいしか分泌液は採れず、さらに、乾燥すればほんの数mgにしかなりません。分泌液は、はじめ白色ですが、空気によって酸化して黒褐色になります。

蟾酥(センソ)

センソには強心作用をはじめ種々の薬理作用が報告されていますが、動物博士として名高いムツゴロウ先生こと畑正憲先生の著書から、ガマの油に関するくだりをお読みいただき、これにそって薬理作用を説明していきたいと思います。

畑正憲『われら動物みな兄弟』角川書店 (1972年)

ターラリ、タラリ、ガマの油は、徐々にしみ出してくるものと相場が決まっているようだ。

油を分泌する皮脂腺は、耳のうしろに一対ある。後頭部に少し盛り上がった所があり、ポツポツと穴があいているところがそれである この皮脂腺は、常時働いているが、私の乏しい経験から推すと、生殖シーズンにもっとも分泌が盛んになるようである。もっとも恋の季節に粘液の分泌が盛んになるのは、動物一般の傾向ではあるが…。

何故この粘液があるのか?それをカエルの生態に結びつけて結論を出した人はいない。有名なのは、人の薬として古くから使われてきたことである。しかし、それもガマの風貌から連想された薬効であり科学的な根拠は薄いようだ。人間という動物は、根は臆病なくせに、変わったもの、グロテスクなものをすぐに薬にして服用したがる。イモリの黒焼き、マムシ酒、皆このたぐいの薬である。

ガマの油に発汗防止剤が含まれているのは確かだ。微妙な指先の感覚にたよるバイオリニストは、その昔、これを手に塗って演奏したといわれている。

徹夜で観察を続けていた頃のこと。この背中から吹出す(ターラリ、タラリではない、どっと出てくる)白い粘液の誘惑に耐えきれなくなって、どっぷり指先につけてなめてみた。舌が曲がり、部屋を二、三度駆け回りたくなるほどの猛烈な苦さだった。しまったと思ったが、しぶい顔はできない。せっかくの珍味を一人占めしては造化の神に申し訳ないので、私は精いっぱいニッコリ笑うと、「うまい。こいつはいける」と舌なめずりをしてみせた。

半信半疑で手を出した仲間は、だが、すぐに、「その手には、のらないよ」と、手をひっこめてしまった。シビレエイの発電器で前にこりているからだ。

シビレエイを開くと、中に手のひら大の白い発電器官があってまるで豆腐を思わせるつややかな外観を持っている。こいつはいけると料理したが最高の不味(まず)さ。ヒトデを食ったときの方がまだましだった。その時、わたしのいかにも美味しそうな表情につられて全員が箸をつけたが、食いもののうらみは恐ろしい。それ以後美味しいものをすすめる時には、まず逆に不味(まず)そうな顔をしなければならないようになった。

カエルの粘液は、苦かったが、不思議にからだがシャンとなり、元気が出てきた。後日、このエキスから強心剤が発見されたという報告を読んだが、さもありなんである。あの日、わたしだけが好調に徹夜を乗り切ったのは、崇高な探求心のたまものだったということになろうか。

少々長い引用になって恐縮ですが、ムツゴロウ先生の観察眼、旺盛な探求心には、ただただ感心するばかりです。

【引用文献】

畑正憲『われら動物みな兄弟』角川書店 (1972年)