職場の環境が変わり、仕事や人間関係のストレスが強く大変疲れています。そのせいか、気持ちが落ち着かず、人前に出たり電車に乗ったりするとドキドキしたり、少しパニックになったりすることがあります。また、緊張するとおなかから緊張感がこみ上げてきます。不安感や緊張感をやわらげたりする漢方薬があれば試してみたいです。
(45歳、男性)
職場や生活環境の変化によるストレスは、多くの人が経験する不安や緊張の主な原因です。しかし、理由がないのに不安や緊張を感じる、ささいな理由でも症状が強い、原因がなくなっても症状がずっと続く、などの状態であれば病的なものとして治療の対象となります。このような病的な不安の多くは、動悸や緊張だけでなく、胸のしめつけ感、息苦しさ、冷汗、体の震え、ふらつき、手足のしびれ、脱力感、頻尿、咽の渇き、不眠、頭痛など、さまざまな身体症状を伴います。これらは自律神経の失調、特に交感神経の緊張によるものです。
漢方では、このような心身の不調を「気」の流れが乱れた状態と見なし、特にあなたの場合のように、おなかから緊張感がこみ上げてきて、動悸や不安を発作的に繰り返す病態を「奔豚気(ほんとんき)病」と言います。この奔豚気病は、およそ1800年前の古代中国で著された『金匱要略(きんきようりゃく)』という東洋最古の治療学書に記載された病態で、そこには「気が下腹部から咽喉へと繰り返して突き上がり、発作時には死ぬのではないかと思うくらい苦しい」と記されています。さらに、この激しい気の上衝を治す薬として、苓桂甘棗湯(りょうけいかんそうとう)、奔豚湯(ほんとんとう)、桂枝加桂湯(けいしかけいとう)の3つの処方があげられています。奔豚気病は、今風に言えば、ストレス社会における現代病の典型である「パニック障害」と言うことができるでしょう。
また、突き上がるような動悸や不安発作がなくても、交感神経が興奮して、胸がそわそわして動悸がする、イライラする、寝付きが悪くて眠りが浅い、音に驚きやすいなどの症状を訴える人がいます。これには、鎮静作用を持つ竜骨(巨大哺乳動物の化石)や牡蛎(ぼれい)(カキの貝殻)という生薬が配剤された処方を考えます。体格が中等度以上の人には柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)が広く用いられ、華奢な人には柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)が適しています。また、更年期女性であれば加味逍遙散(かみしょうようさん)を用いるとよいでしょう。
あなたの場合、いわゆるパニック障害に近いもので、漢方的には典型的な奔豚気病だと考えられます。先に述べた3つの処方は保険適応がある医療用漢方エキス製剤にはありませんので、市販されている苓桂甘棗湯などを服用してみてはいかがでしょうか。