ためして!漢方

便秘の漢方

新井信氏
新井 信(あらい まこと)
東海大学医学部客員教授

医師、薬剤師、医学博士。昭和56年東北大学薬学部卒、昭和63年新潟大学医学部卒。東京女子医科大学消化器内科、同大学附属東洋医学研究所を経て、平成17年東海大学医学部東洋医学講座助教授、平成29年より東海大学医学部専門診療学系漢方医学・教授。令和6年4月より東海大学医学部客員教授。総合内科専門医、漢方専門医・指導医、医学教育専門家、日本東洋医学会代議員。
主な著書:『症例でわかる漢方薬入門』(日中出版)『わが家の漢方百科』(東海教育研究所)

若い頃から便秘気味で、最近はコロコロした便が3、4日に1回しか出ません。便が出ないとおなかが張って苦しくなります。市販の漢方便秘薬を買ってのみましたが、ひどい腹痛と下痢になってしまいました。私に合った漢方薬は何かありますでしょうか?
(76歳、女性)

慢性便秘症の定義は、「便通異常症診療ガイドライン2023」に〝慢性的に続く便秘のため日常生活や身体に様々な支障を来す病態〟とあり、便が出ない日数ではありません。慢性便秘の原因は、多くが消化管の機能失調によるものですが、特に高齢者の便秘では大腸癌を第一に考えなければなりません。便秘が急に悪化した、便が黒くなった、検査で便潜血反応が陽性であった、貧血が進行したなどの場合は、大腸検査を受ける必要があります。

漢方治療のよい適応は機能性の便秘です。一般に大腸を刺激して排便を促す作用がある大黄という生薬を用いますが、気持ちよい排便を促すためには、便秘を“実”と“虚”に分けて考えます。実の便秘は、体格が頑丈で胃腸機能のよい人に多く、大黄で比較的容易に便通がコントロールできます。虚の便秘は、過去に下剤で強い腹痛や下痢を生じたことがある、便は硬くコロコロしている、数日から1週間以上も排便がないなどの特徴があり、体格が痩せて胃腸機能が弱い人に多くみられます。

実の便秘には第一に大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう)を考え、効果をみながら服用量を調節します。また、上腹部の張りが強くて脂肪肝などがあれば大柴胡湯(だいさいことう)、月経周期に関連して不眠、のぼせ、イライラなどの精神症状を伴う女性には桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、臍を中心として腹力が充実したいわゆる太鼓腹を呈する人には防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)、痔核を伴う便秘には乙字湯(おつじとう)など、症状に応じて適宜使い分けます。

虚の便秘には麻子仁丸(ましにんがん)が第一選択になります。腹部に力がなくてうまく便を押し出せず、出たとしてもウサギの糞のようなコロコロした便の人で、高齢者や虚弱体質者に頻用します。潤腸湯(じゅんちょうとう)はさらに潤す作用を強めた処方です。腹痛と残便感を伴う便秘型の過敏性腸症候群には桂枝加芍薬大黄湯(けいしかしゃくやくだいおうとう)、大黄を含みませんが、腹部術後などで腹部にガスが大量にたまっている人には大建中湯(だいけんちゅうとう)、更年期症状を訴える女性には加味逍遙散(かみしょうようさん)を用います。

あなたの場合、コロコロとした乾燥した便ですので、麻子仁丸が最も適していると思います。しかし、比較的多くの大黄を含んでいますので、少量から使用してみてください。ただし、大腸癌の可能性を除外するため、必ず大腸検査を受けてください。