北上次郎のがんばれ熟年!「応援選書」

「妻の終活」 坂井 希久子

北上 次郎 氏
北上次郎(きたがみ じろう)

1946年東京生まれ(本名 目黒考二)
明治大学文学部卒。1976年椎名 誠氏と「本の雑誌」を創刊。「冒険小説論」(双葉文庫)で日本推理作家協会評論賞受賞。他に、「情痴小説の研究」(ちくま文庫)「笹塚日記 ご隠居篇」(本の雑誌社)「本の雑誌風雲録 新装改訂版」(同)「極私的ミステリー年代記」(論創社)「昭和残影」(角川書店)「勝手に!文庫解説」(集英社文庫)「書評稼業四十年」(本の雑誌社)等の著作あり。2019年2月から「北上ラジオ」(インターネット配信)を開始。

妻の終活(坂井 希久子)祥伝社 1,400円(税別)
祥伝社 1,400円(税別)

坂井希久子『妻の終活』(祥伝社)は、一ノ瀬廉太郎七十歳と、妻の杏子六十八歳の、老年の日々を描く長編小説である。

妻の杏子が余命一年を宣告されるところからこの長編は始まっていく。廉太郎は定年後も嘱託で会社に通っていて、会社以外の生活が考えられないほどの仕事人間である。家のことなど何もしたことがない。男は仕事をして生活費を稼ぐもので、女は家のことをするものだ、という考えが身についている人間でもある。二人の娘はすでに家を出ているが、そういう父親を批判している。

この男、妻が余命一年を宣告されると一応は反省するのだが、それが根本的な反省にはなかなかならない。たとえば小学五年生の孫が髪を長く肩まで伸ばしているのを見ると、「なんだその頭は!」と怒鳴るのである。「男のくせに気色の悪い!」と怒るものだから孫はぶるぶると震えだす。実は、孫が髪を伸ばしているのは、医療用ウィッグのために髪の毛を寄付する活動をやっているからなのである。それがわかると気まずい雰囲気になり、夫の窮状に妻の杏子が「私がちゃんと説明しなかったのがいけないんですね」と助け船を出すと、「そうだ、お前が悪いんだ」と言うものだから、「男らしくとか、男たるものとか、価値観の押しつけばかり。いい加減にしてちょうだい!」と今度は娘が怒りだす。

この人は私が死んだら一人でなにもかもやらなければならないのに、これで大丈夫なんだろうかと杏子は思う。こんな男は放っておけ、と思うものの、そういうわけにもいかないので、杏子は「最後の仕事」にとりかかる。一人で生きていくことが出来るように家事全般を廉太郎に教えるのである。はたして廉太郎、妻が生きている間に、これまでの感謝の気持ちを伝えることが出来るだろうか。頑迷で、超保守的で、自分勝手なこの老人が、なんだか他人には思えないような気がしてくるのがいちばん困る。