吉田伸子のがんばれ熟年!「応援選書」

「父がしたこと」青山 文平

吉田 伸子
吉田 伸子(よしだのぶこ)

1961年青森市生まれ。法政大学文学部哲学科卒。卒業後、編集プロダクションを経て1987年本の雑誌社に入社。「本の雑誌」の編集者として務める。出産を機に本の雑誌社を退社。以後、書評やインタビューを中心にしたフリーランスライターとして、各紙誌で執筆。

「父がしたこと」青山 文平 KADOKAWA 1,980円(税込)
KADOKAWA 1,980円(税込)

時代小説には、市井に生きる人々を描くものと、武家社会に生きる人々を描くものがある。前者で重要なのが「人情」で、代表的な作家をあげるとすれば、池波正太郎氏、平岩弓枝氏。後者で重要なのが「清潔感」で、その頂点が藤沢周平氏だ。その藤沢氏に連なる流れに、本書の作者・青山文平さんがいる。

物語の語り手は、御城の目付である永井重彰だ。ある日、重彰は、小納戸頭取の父・元重から「口外無用」と前置きしたうえで、御藩主の病状を知らされる。そのことで、麻酔を伴うある外科手術を受けることになった、と。執刀を依頼されたのは、華岡流外科の名医・向坂 清庵で、図らずも、「鎖肛」(お尻に肛門がない)で生まれてきた重彰の息子・拡の命の恩人、その人だった。

手術が無事に成功すれば良し、もし失敗に終われば、清庵の立場は危うくなる。未だ拡の病は完治しておらず、この件で清庵の身にもしものことがおこれば、息子の命にかかわる。そのため、元重は万一に備え、手術を秘密裡に行う計画を立てることに。

物語の読みどころは、御藩主の手術と術後に至るまでの道のりと、タイトルにもなっている、父である元重がしたことは何か、ということ。この二つが大きな柱となっているのは確かなのだが、本書の美点はそれ以外の細部にもある。

不具合を持って生まれてきたために、儚くされそうになっていた息子を守るため、その息子を胸にかき抱いて重彰の元へ走り帰った、重彰の妻・佐江。その佐江を一言も責めるどころか、世間の矢面に立ち、佐江をかばう姑。この姑の登志がなんとも魅力的だ。互いに思いやり、尊重し合う二人の関係は、嫁・姑の理想的なあり方である。

重彰と元重、父子の関係もまた然り。二人とも嫡男ではなく、途中まで医学を志していた、という繋がりもいい。読後、深い余韻をもたらしてくれる 一冊である。