はあとふる対談

「女優一直線」ゲスト:吉沢 京子(女優)

聞き手:堀 正典救心製薬株式会社 代表取締役社長 慶應義塾大学卒
趣味は謡曲、書道、墨絵、車、ゴルフ、ネイチャーフォトなど

吉沢 京子(よしざわ きょうこ)さん
吉沢 京子(よしざわ きょうこ)さん
女優

1954年生まれ。東京都板橋区出身。1967年東宝映画「燃えろ!太陽」で映画デビュー。1969年TBS人気テレビドラマ「柔道一直線」にヒロイン抜擢。1971年映画「父ちゃんのポーが聞こえる」で文部大臣新人賞、エランドール賞新人賞を受賞。その後、多くのCM・映画・ドラマ・舞台・朗読・ライブで活躍。日本舞踊「西川流」の師範「西川まいさ」でもあり、着物プロデュースも手がける。

内気な少女が芸能界へ
本日は今年、芸能活動50周年を迎えられた女優の吉沢京子さんにお話を伺います。まず芸能界に入られたきっかけを教えてください。
吉沢
東京で生まれ、埼玉県の戸田市で幼少時代を過ごしました。6歳の時から祖母の勧めで日本舞踊を習っていて、そのせいか小さい頃から演技すること、表現することが好きだったんです。実は子供の頃、私はすごく病弱だったのですが、学校は休んでも踊りの稽古は休まなかったくらい、体を使って表現することが好きでした。当時、演劇部に入っていましたが、すごく大人しく内気な少女でした。でも内気だと良い役が貰えないんですよね。ある時、「これじゃダメだ、自分を変えなきゃ」と思い、ふと新聞を見たら、児童劇団「ひまわり」の募集広告が目に付きました。劇団に入ったら発声や踊り、バレエなど色々な練習が出来るし、ここ面白そうと思い親にも内緒で応募しました。
親に内緒とは勇気がありましたね。おいくつの時ですか?
吉沢
中学1年の時です。応募した時の写真も、学校の塀の上に半ズボンで座っている男の子みたいな写真でした。幸いにもその写真が審査を通り、東京の恵比寿に面接に行くことになり、そこではじめて親に言いました。父は反対でしたが、母が面接に付き添ってくれて合格し劇団に入りました。
当時から光るものがあったのでしょうね。劇団に入られてからお仕事として始められるまでは?
吉沢

お稽古事が楽しみで通っていたのですが、すぐに雑誌やCMのお仕事をいただいて、13歳の時、酒井和歌子さんの妹役で映画デビューできました。

学校と芸能活動の両立は大変でしたでしょう?
吉沢
睡眠時間が3時間の時もありましたね。でも劇団に入ったとたん、病弱だった以前に比べとても健康になり、それ以来、病気で休んだことは1度もないくらいですから、人間にとって何が良いのかわからないですよね。
大人気ドラマのヒロイン
吉沢さんの代表作といえば「柔道一直線」というドラマがすぐに思い浮かびますが、この作品の思い出、印象などは?
吉沢
このドラマ撮影は学校でいえば合宿みたいでしたね。出演者は私以外全員男性で、特撮やCGもない時代でしたから、マットやトランポリン、クレーン車を持ち込んでの撮影現場は物凄くハードでした。そんな中、私は待ち時間も長く、着替える場所もなく色々な意味で鍛えられました。原作は梶原一騎さんで、ご本人も番組がお好きでよくロケ現場にお越しになられていました。すごく強面(こわもて)でしたが優しい方でしたね。
同時期に、映画「父ちゃんのポーが聞こえる」では難病の少女を演じ、数々の賞を受賞されましたね。
吉沢
実話を基にした映画で、当時、主人公と年齢も近かったですし、難病の人達が山奥の療養所でひっそりと過ごしているのを初めて目の当たりにして、すごく感じるものがありました。
これまで数多くの映画、ドラマにご出演されましたが、中でも時代劇が多いですね。時代物と現代物の違いで感じることは?
吉沢
そうですね、水戸黄門、大岡越前、暴れん坊将軍などたくさんの作品に出演しましたが、現場で安心するのは時代劇です(笑)。時代考証や、役柄によって使う言葉が違ったりと気を使う部分はありますが、なぜか安心しますね。
着物の所作など日本舞踊の経験が役に立っているのでしょうね。踊りでは西川流の名取でいらっしゃるとお聞きしていますが?
吉沢
「西川まいさ」の名で、実は師範の資格もいただいております。お祝いごとなどの踊る機会や、ピアノとの共演で創作舞踊のライブ活動を行なったりしています。
今日も素敵な着物をお召しになられていますが、着物のプロデュース業もされているとか?
吉沢
ちょうど50歳を越えた頃に、私たちの年代に着物を広めるお手伝いをしてもらえないかと、京都の着物メーカーさんからお話をいただきました。こんな着物だったら皆さんに喜ばれるのではないかとか、着物をお求めになる方に、合わせる帯のアドバイスをするお見立てなどのトータル的なお仕事をさせていただいています。
今では着物を着る機会は少なくなりましたが、たまに見かける若者が着る現代風にアレンジがされたものをどう思いますか?
吉沢
あれはあれで楽しんだら良いと思います。どこかに取っ掛かりというか遊び心があったほうが受け入れられやすいのではないでしょうか。ですが普通に着た着物も美しいということも知ってもらいたいですね。最近は女性に比べ着つけが簡単なためか、男性の着物姿の方が良く見かけますね。
着物や舞踊などの日本文化同様、我々の家庭薬も次の世代に継承することが課題と言えます。
吉沢
昔からある救心といえば、1974年に「パパ愛してる!!」というテレビドラマで共演した佐藤英夫さんが、救心のCMに出演していたことがあり、なんとなく馴染みが深かったですね。
体幹を鍛えて颯爽と
お仕事以外に夢中になれることは?
吉沢
ペットとの時間は癒されますね。銭亀と犬(トイプードル)を飼っています。息子が子供の頃買ってきた「吉沢亀吉」は我が家に来てもう20年になります。亀は一度見た人の顔は忘れないほど頭が良いんですよ。
食生活で気をつけていることは?
吉沢
何でも好きですが、なるべく自然のものを食べるようにしています。
オーガニック食材ですか?
吉沢
そこまでストイックではありませんが、スローフードと呼ばれる昔からの田舎のもの、その土地の食材を好んで食べています。和食とイタリアンが好きで、気分転換に自分でもよく作ります。イタリアンは佐藤英夫さんから共演時にいただいたレシピ本がきっかけで好きになりました。
食べ方にもこだわりが?
吉沢
食事の取り方に関する中国のことわざに、「朝は神様に差し上げる、昼は仏様、夜は鬼」というのがあって私も心掛けてはいますが、不規則な芸能界では徹底するのはなかなか難しいですね。
運動などはされますか?
吉沢
昔から運動は苦手ですが、今はひたすら歩くことと、トレーナーについてストレッチなどを行うボディメンテナンスをしています。インナーマッスルを鍛えることで自分の弱い筋肉を蘇らせて、踊りで酷使する膝の痛みの防止に役立っています。肩こりにも効果があるんですよ。それといつまでも高いハイヒールを履いて、颯爽と歩きたいですから。
心は若く、好奇心を持って
座右の銘や好きな言葉はございますか?
吉沢
「和顔愛語(わがんあいご)」という言葉が好きです。いつも柔和な顔をして、愛のある言葉を話すという意味ですが、これは祖母が私に「いつも笑顔で、人の嫌がることを言ってはダメ」と教えてくれたことが影響していますね。
吉沢さんのお人柄を表す良い言葉ですね。最後にこれからやりたいこと、今後の抱負をお聞かせください。
吉沢
これまでずっと忙しかったので、足腰が元気なうちにゆっくり国内旅行とか楽しみたいですね。それと今まで私のファンでずっと見ていてくださった方、一緒に年齢を重ねてきた方々に少しでも元気づけの恩返しが出来るよう、元気な自分を出していくこと。肉体は年と共に弱くなりますが、そんな自分を認めながら精一杯生きる。アンチエイジングとは全てにあてはまる言葉とは思いませんし、人生は歳を重ねることで豊かになることもたくさんあると思います。そして心はいつも若く、常に好奇心を持って楽しく活動していきたいです。
いつまでも美しく、元気にご活躍されることを期待しております。本日はありがとうございました。
2017 vol.31