健康プラザ

マラソンと心臓

菱田 仁氏
菱田 仁(ひしだ ひとし)
医療法人誠厚会・名駅前診療所保健医療センター所長
前 藤田保健衛生大学病院 院長

昭和40年、名古屋大学医学部卒業。同大学大学院修了、医学博士。名古屋大学第一内科副手、名古屋保健衛生大学(現・藤田保健衛生大学)内科講師、助教授を経て昭和63年教授、平成18年2月より病院長。平成21年4月より医療法人誠厚会・名駅前診療所保健医療センター所長。専門は臨床心臓病学、特に心不全、虚血性心疾患、画像診断。

最近はマラソン人気が高まっているようです。私の周りにも、フルマラソンに挑戦する人や、週に何度も長距離を走っている人がいます。
マラソンは、人の身体能力の限界に迫ります。それを競ってマラソンをしたり、そのためのハードなトレーニングに励んだりすることは心臓にとっていいことなのか、あるいは、ひょっとして、何らかの障害をもたらすのではないか。

《スポーツ心臓》

激しい運動をすると、骨格筋に沢山の血液を送り込むため、ポンプ役の心臓はフル稼働します。つまり、筋肉でできた心臓は、強く高頻度に収縮と弛緩を繰り返します。このようなことが続くと、即ち、ほぼ毎日、1時間以上の激しい運動をしていると、心臓は適応して、大きく壁が厚く、また脈が遅くなります。運動時に大量の血液を拍出し易くなるからです。脈の乱れもしばしば見られます。これはスポーツ心臓として知られています。スポーツの中でも持久力を必要とするマラソンや長距離走の選手にはしばしば見られます(重量挙げでは、血圧が著しく上がるため壁が厚くなります)。このような変化は、激しい運動が持続することに心臓が適応した生理的現象であり、また、軽い運動に留めるようにすれば、心臓はもとに戻り、危険なものではないとされてきました。

《走る前に注意が必要》

一方、滅多に起きることはないですが、マラソン大会で命を落とす事例や、また、心停止を来したがAEDで命を救われた事例があるのは事実です。そういう症例を調べて分かったことがあります。それは心臓にもともと病気があったということです。40才以下の若い人では肥大型心筋症、中高年では冠動脈硬化症(虚血性心疾患)が多いようです。
肥大型心筋症は、はっきりした原因がないのに心臓の壁が厚くなる病気です。遺伝が関わっていると思われます。前もって心電図や心エコー図検査をすれば分かりますし、血縁者に同じ病気があれば要注意です。ただ、心臓壁が厚いときに、スポーツ心臓によるものなのか、肥大型心筋症なのか区別が難しいことがあるのが問題です。
中高年の冠動脈硬化症というのは狭心症や心筋梗塞のことです。メタボの成れの果てに起きる病気です。ポピュラーな病気なだけに中高年のランナーは十分注意が必要です。数年前に、東京マラソンで肥満体形のタレントが倒れ、AEDで命を救われた話は有名です。中高年の人は、走る前に、冠動脈硬化症の有無をきちんと調べておくべきでしょう。
ちなみに、最近は、心臓病がなくても、持久力を要する激しい運動は心臓の筋肉に障害を生ずるという研究や、それを続けることは冠動脈硬化症をむしろ促進するのではないか、という研究も報告されています。つまり、マラソンに向けてトレーニングすると、心臓は適応してポンプの性能はアップしますが、長期的にみて心臓に良いことをしているかどうかについては結論は出てないようです。

《適度な運動を心掛ける》

最後に、現段階で確実に言えることは、健康増進のために、心臓に良い影響を与えることを安全にしたいのなら、週に合計150分間の、軽い即ち会話ができる範囲の、有酸素運動(ウオーキング、ランニング、サイクリング、水泳)をすれば十分だということです。少なくとも週5日、大きな筋肉を使うダイナミックな運動を1日30分間する、ということになります。朝、昼、夕10分ずつでも結構です。座業が長く続く時は、さらに、1時間に1回は立って歩き回るとよいようです。

2018 vol.33